忘らむて野行き山行き我れ来れど
我が父母は忘れせのかも
- 歌の意味
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忘れようと思って野を行き山を行きして私はやって来たが、私の父母のことは忘れられないことだ。
- 鑑賞
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巻第二十 防人歌 4344
詞書は前の歌に続き「天平勝宝七歳乙未二月、相替りて筑紫の諸国に遣はさるる防人等が歌」
忘れようと野を越え山を越えて来たが、父母のことは忘れられないと、旅を重ねるほどに募る思いを詠んだ一首である。駿河国から進上された歌の八首目である。道を進めば思いも薄れるかと期待した心が裏切られる様子を、素直な言葉で述べている。「忘らむて」は「忘らむと」の、「せの」は「せぬ」の訛りである。
作者の商長首麻呂は駿河国の防人で、詳しい伝は残らない。
初句「忘らむて」は忘れようとしての意で、旅立ちの心構えを示す。
二句「野行き山行き」は語を対にして、野を越え山を越える長い道のりを表す。
三句「我れ来れど」は逆接で、来たけれどもと下の句へ転じる。
四句「我が父母は」は忘れようとした対象を改めて示している。
結句「忘れせのかも」は忘れることができないことだの意で、「かも」で詠嘆して結ぶ。初句の「忘らむ」と結句の「忘れせの」が呼応している。
わする:忘れる
- 作者
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商長首麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我ろ旅は旅と思ほど家にして 子持ち痩すらむ我が妻愛しも
- 次の歌
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我妹子と二人我が見しうち寄する 駿河の嶺らは恋しくめあるか