百隈の道は来にしをまたさらに
八十島過ぎて別れか行かむ
- 歌の意味
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曲がりくねった多くの道をはるばる来たのに、そのうえさらに、数多くの島々を過ぎて別れて行くのだろうか。
- 鑑賞
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巻第二十 防人歌 4349
詞書は前の歌に続き「天平勝宝七歳乙未二月、相替りて筑紫の諸国に遣はさるる防人等が歌」
曲がりくねった陸路をはるばる来たのに、さらに数多くの島を過ぎて別れて行くのかと、難波からの海路を前にした嘆きを詠んだ一首である。上総国から進上された歌の三首目で、陸の長旅の果てにさらに海の旅が待つことへの思いを、「百隈」と「八十島」の数の多さで対比している。
作者の刑部直三野は上総国の助丁と記される防人で、詳しい伝は残らない。
初句「百隈の」は多くの曲がり角のある道の意で、上総から難波までの長い陸路を示す。
二句「道は来にしを」の「を」は逆接で、はるばる来たのにと嘆く。
三句「またさらに」はそのうえさらにの意で、旅の果てしなさを強調する。
四句「八十島過ぎて」は数多くの島々を過ぎての意で、初句の「百隈」と対をなし、陸と海の道のりの長さを並べている。
結句「別れか行かむ」の「か」は疑問の係助詞で、連体形「む」で結ぶ。故郷からいっそう遠く離れて行くのかと嘆いて結ぶ。
ももくま:多くの曲がり角
やそしま:数多くの島々
- 作者
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刑部三野
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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たらちねの母を別れてまこと我れ 旅の仮廬に安く寝むかも
- 次の歌
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庭中の阿須波の神に小柴さし 我れは斎はむ帰り来までに