月日やは過ぐは行けども母父が
玉の姿は忘れせなふも
- 歌の意味
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月日は過ぎて行くけれども、母や父の玉のように美しく尊い姿は忘れられないことだ。
- 鑑賞
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巻第二十 防人歌 4378
詞書は前の歌に続き「天平勝宝七歳乙未二月、相替りて筑紫の諸国に遣はさるる防人等が歌」
月日は過ぎて行くけれども、母父の玉のように尊い姿は忘れられないと、時を経ても薄れぬ両親への思いを詠んだ一首である。下野国から進上された歌の六首目で、前歌が母を玉にたとえたのを受けるように、父母の姿を「玉の姿」と讃えている。「月日」を「つくひ」と記すのは訛り、「せなふ」は打消を表す東国の語である。
作者の中臣部足国は下野国都賀郡の上丁と記される防人で、詳しい伝は残らない。
初句「月日やは」は月日はの意で、時の流れを主題として示す。
二句「過ぐは行けども」は過ぎては行くけれどもの意で、逆接で下の句へ転じる。
三句「母父が」は母と父のの意で、ここでも母を先に挙げている。
四句「玉の姿は」は玉のように美しく尊い姿の意で、前歌の「玉」を受けている。
結句「忘れせなふも」は忘れられないことだの意で、「なふ」は東国の打消の助動詞である。
たま:美しく尊いものをたたえる語
- 作者
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中臣部足国
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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母刀自も玉にもがもや戴きて みづらの中に合へ巻かまくも
- 次の歌
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白波の寄そる浜辺に別れなば いともすべなみ八度袖振る