我が門の五本柳いつもいつも
母が恋すす業りましつしも
- 歌の意味
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我が家の門口に立つ五本柳の名のように、いつもいつも、母は私を恋い慕いながら野良仕事に励んでおられることだろう。
- 鑑賞
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巻第二十 防人歌 4386
詞書は前の歌に続き「天平勝宝七歳乙未二月、相替りて筑紫の諸国に遣はさるる防人等が歌」
我が家の門の五本柳のように、いつもいつも母は自分を恋いながら仕事に励んでいるだろうと、故郷の母の日々を思いやった一首である。下総国から進上された歌の三首目である。見慣れた門の柳を引いて、変わらず働きながら息子を案じる母の姿を描いている。「門」を「かづ」、「母」を「おも」と記すのは訛り、「すす」は「つつ」の東国の形である。
作者の矢作部真長は下総国結城郡の防人で、詳しい伝は残らない。
初句「我が門の」は我が家の門口のの意で、故郷の家の景を示す。
二句「五本柳」は門口に生える五本の柳で、初句と二句は「いつ」の音の繰り返しで「いつもいつも」を導く序詞である。
三句「いつもいつも」は字余りで、絶えず、いつもの意を重ねている。
四句「母が恋すす」は母が恋い慕いながらの意である。
結句「業りましつしも」の「業る」は生業に励む意で、「ます」は尊敬である。母が働きながら自分を思っているだろうと結ぶ。
なる:生業に励む。農作業などをする
いつもとやなぎ:門口などに生える五本の柳
- 作者
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矢作部真長
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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行こ先に波なとゑらひ後方には 子をと妻をと置きてとも来ぬ
- 次の歌
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千葉の野の児手柏のほほまれど あやに愛しみ置きて誰が来ぬ