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難波道を行きて来までと我妹子が
付けし紐が緒絶えにけるかも

歌の意味
難波への道を行って帰って来るまでもつようにと、妻が付けてくれた紐の緒が、切れてしまったことだ。
鑑賞
巻第二十 防人歌 4404

詞書は前の歌に続き「天平勝宝七歳乙未二月、相替りて筑紫の諸国に遣はさるる防人等が歌」
 難波まで行って帰るまでと妻が付けてくれた紐の緒が切れてしまったと、旅の長さと妻への思いを詠んだ一首である。左注によれば、上野国の防人部領使であった大目上毛野君駿河が二月二十三日に十二首を進上し、拙劣な歌を除いて載せた。その一首目である。妻が付けた紐が切れることに、旅の長さと、妻との約束が損なわれるような不安とを感じ取っている。
 作者の上毛野牛甘は上野国の助丁と記される防人で、詳しい伝は残らない。

 初句「難波道を」は難波へ向かう道をの意で、防人の集結地への道のりを示す。
 二句「行きて来までと」は行って帰って来るまでとの意で、妻の言葉を引いている。
 三句「我妹子が」は妻を親しんで呼ぶ語である。
 四句「付けし紐が緒」は妻が付けてくれた紐の緒の意で、別れに際して結んだ紐である。次歌も妻の付けた紐を詠み、二首が並べられている。
 結句「絶えにけるかも」は切れてしまったことだの意で、「かも」で詠嘆して結ぶ。

を:紐。糸
作者
上毛野牛甘
出典
万葉集
前の歌
大君の命畏み青雲の とのびく山を越よて来ぬかむ
次の歌
我が妹子が偲ひにせよと付けし紐 糸になるとも我は解かじとよ