我が妹子が偲ひにせよと付けし紐
糸になるとも我は解かじとよ
- 歌の意味
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妻が私をしのぶよすがにせよと付けてくれた紐は、すり切れて糸になってしまっても、私は解くまいと思う。
- 鑑賞
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巻第二十 防人歌 4405
詞書は前の歌に続き「天平勝宝七歳乙未二月、相替りて筑紫の諸国に遣はさるる防人等が歌」
妻がしのぶよすがにせよと付けた紐は、すり切れて糸になっても解くまいと、妻への誠を誓った一首である。上野国から進上された歌の二首目である。前歌が紐の切れたことを嘆いたのに対し、ここではたとえ糸になっても解かないと決意を述べ、二首で同じ紐をめぐる思いが対照されている。「偲ひ」を「しぬひ」と記すのは訛りである。
作者の朝倉益人は上野国の防人で、詳しい伝は残らない。
初句「我が妹子が」は字余りで、妻を親しんで呼ぶ語である。
二句「偲ひにせよと」はしのぶよすがにせよとの意で、妻の言葉を引いている。
三句「付けし紐」は妻が付けてくれた紐で、前歌の「付けし紐が緒」を受けている。ここまでで一つの句切れとなる。
四句「糸になるとも」はすり切れて糸のようになってもの意で、逆接の仮定である。
結句「我は解かじとよ」の「じ」は打消の意志で、決して解くまいと強く誓って結ぶ。
しのひ:思い慕うよすが
- 作者
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朝倉益人
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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難波道を行きて来までと我妹子が 付けし紐が緒絶えにけるかも
- 次の歌
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我が家ろに行かも人もが草枕 旅は苦しと告げ遣らまくも