足柄の御坂に立して袖振らば
家なる妹はさやに見もかも
- 歌の意味
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足柄の御坂に立って袖を振ったならば、家にいる妻ははっきりと見るだろうか。
- 鑑賞
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巻第二十 防人歌 4423
詞書は前の歌に続き「天平勝宝七歳乙未二月、相替りて筑紫の諸国に遣はさるる防人等が歌」
足柄の御坂に立って袖を振ったら、家にいる妻ははっきり見るだろうかと、故郷を離れる峠で妻を思った一首である。武蔵国から進上された歌の十一首目で、次歌はこの作者の妻の歌とされる。足柄峠は東国を出る境の峠で、そこから袖を振る別れのしぐさを遠い妻に届けたいと願っている。「立して」は「立ちて」の、「見も」は「見む」の訛りである。
作者の藤原部等母麻呂は武蔵国埼玉郡の上丁と記される防人で、詳しい伝は残らない。
初句「足柄の」は前々歌と同じく足柄山を詠み出している。
二句「御坂に立して」は足柄の峠に立っての意である。
三句「袖振らば」は袖を振ったならばの意で、袖を振るのは別れを惜しむしぐさである。
四句「家なる妹は」は家にいる妻はの意である。
結句「さやに見もかも」ははっきりと見るだろうかの意で、遠い妻に届くことを願って結ぶ。次歌の妻の歌は「まさやかに見む」と応じている。
みさか:峠の敬称
- 作者
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藤原部等母麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我が背なを筑紫へ遣りて愛しみ 帯は解かななあやにかも寝も
- 次の歌
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色深く背なが衣は染めましを み坂給らばまさやかに見む