鴬の声は過ぎぬと思へども
しみにし心なほ恋ひにけり
- 歌の意味
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鶯の鳴く時節は過ぎてしまったと思うけれども、その声のしみこんだ心は、なおも恋しく思うことだ。
- 鑑賞
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巻第二十 雑歌 4445
詞書「即ち鴬の哢くを聞きて作る歌一首」
鶯の鳴く時節は過ぎたと思っていたが、その声のしみこんだ心はなおも恋しく思うと、宴の折に鶯の声を聞いて詠んだ一首である。左注によれば家持の作である。詞書によれば、同じ宴の場で鶯のさえずりを聞いて作ったもので、夏に入っても聞こえた鶯の声に、過ぎた春への名残を感じている。
作者の大伴家持は大伴旅人の子で、この時は兵部少輔であった。
初句「鴬の」は春を告げる鳥で、五月の宴の折に聞いた声である。
二句「声は過ぎぬと」は鳴く時節は過ぎたとの意である。
三句「思へども」は思うけれどもの意で、逆接で下の句へ転じる。
四句「しみにし心」は深くしみこんだ心の意で、鶯の声に親しんだ心をいう。
結句「なほ恋ひにけり」は今もなお恋しく思うことだの意で、「けり」は気づきの詠嘆である。
しむ:深くしみこむ。心にしみつく
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我が背子が宿なる萩の花咲かむ 秋の夕は我れを偲はせ
- 次の歌
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我が宿に咲けるなでしこ賄はせむ ゆめ花散るないやをちに咲け