葦刈りに堀江漕ぐなる楫の音は
大宮人の皆聞くまでに
- 歌の意味
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葦を刈りに堀江を漕いでいるらしい楫の音は、大宮人がみな聞くほどに響いている。
- 鑑賞
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巻第二十 雑歌 4459
詞書は前の歌に続き「三月七日、河内国伎人郷の馬国人の家にして宴する歌三首」
葦を刈りに堀江を漕ぐ楫の音は、大宮人がみな聞くほどに響いていると、難波の堀江のにぎわいを詠んだ一首である。左注によれば、式部少丞大伴池主が読み上げた歌で、兵部大丞大原今城が先日別の所で読んだ歌であるという。本来の作者については明らかでなく、宴の場で伝え誦された歌である。行幸に従う大宮人と、堀江で働く人々の楫の音とを取り合わせ、難波宮の繁栄を讃えている。
作者の大伴池主は大伴氏の一族で、越中で家持と多くの贈答を交わした。この時は式部少丞であった。
初句「葦刈りに」は葦を刈りにの意で、難波の水辺の営みを示す。
二句「堀江漕ぐなる」の「なる」は音による推定で、漕いでいるらしいの意である。
三句「楫の音は」は舟を漕ぐ楫の音はの意である。
四句「大宮人の」は難波宮に供奉する宮人を指す。
結句「皆聞くまでに」はみなが聞くほどにの意で、楫の音の響きを誇張して讃えて結ぶ。次の三首も堀江の楫の音や舟を詠んでいる。
かぢ:舟を漕ぐ道具。櫓や櫂
- 作者
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大伴池主
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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にほ鳥の息長川は絶えぬとも 君に語らむ言尽きめやも
- 次の歌
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堀江漕ぐ伊豆手の舟の楫つくめ 音しば立ちぬ水脈早みかも