霍公鳥まづ鳴く朝明いかにせば
我が門過ぎじ語り継ぐまで
- 歌の意味
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ほととぎすが初めて鳴く明け方に、どうしたら我が家の門を通り過ぎないでいてくれるだろうか。人々が語り継ぐほどに。
- 鑑賞
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巻第二十 雑歌 4463
詞書なし。左注に「右の二首は、二十日に大伴宿禰家持、興に依りて作る」とある
ほととぎすが初めて鳴く明け方に、どうすれば我が家の門を通り過ぎずにいてくれるだろうか、語り継ぐほどにと、ほととぎすの初音を待ち望む心を詠んだ一首である。左注によれば、三月二十日に家持が興に感じて作った二首の一首目である。まだほととぎすの来ない時期に、その初音を我が家で聞きたいと待ちわびる、家持らしい風雅の心が表れている。
作者の大伴家持は大伴旅人の子で、この時は兵部少輔であった。
初句「霍公鳥」は夏の訪れを告げる鳥で、次歌も同じ初句で始まる。
二句「まづ鳴く朝明」は初めて鳴く明け方の意で、初音の時を示す。
三句「いかにせば」はどうしたらの意である。
四句「我が門過ぎじ」の「じ」は打消の推量で、我が家の門を通り過ぎないだろうの意である。ここで句切れとなる。
結句「語り継ぐまで」は人々が語り継ぐほどにの意で、倒置によって願いの深さを添えて結ぶ。
あさけ:明け方
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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舟競ふ堀江の川の水際に 来居つつ鳴くは都鳥かも
- 次の歌
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霍公鳥懸けつつ君が松蔭に 紐解き放くる月近づきぬ