水泡なす仮れる身ぞとは知れれども
なほし願ひつ千年の命を
- 歌の意味
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水の泡のように仮のはかない身であるとは知っているけれども、それでもやはり願ってしまった、千年の命を。
- 鑑賞
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巻第二十 雑歌 4470
詞書「寿を願ひて作る歌一首」
水の泡のようにはかない仮の身とは知っているが、それでもやはり千年の命を願ってしまったと、無常を知りつつ長寿を願う心を詠んだ一首である。左注によれば、前の五首とともに六月十七日に家持が作った六首の結びである。前の二首で仏道を求めようとしながら、なお命への執着を捨てきれない人間らしい心を率直に述べている。
作者の大伴家持は大伴旅人の子で、この時は兵部少輔であった。
初句「水泡なす」は水の泡のようにの意で、はかなさのたとえである。
二句「仮れる身ぞとは」は仮の身であるとはの意で、仏教の無常観を示す。
三句「知れれども」は知っているけれどもの意で、逆接で下の句へ転じる。
四句「なほし願ひつ」の「し」は強意で、それでもやはり願ってしまったの意である。ここで句切れとなる。
結句「千年の命を」は倒置で、願った対象を後から示して結ぶ。前の二首の求道の思いと対照をなしている。
みつぼ:水の泡
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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渡る日の影に競ひて尋ねてな 清きその道またもあはむため
- 次の歌
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消残りの雪にあへ照るあしひきの 山橘をつとに摘み来な