梅の花咲き散る春の長き日を
見れども飽かぬ磯にもあるかも
- 歌の意味
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梅の花が咲いては散る春の長い一日を、いくら見ても見飽きることのない、この庭の池の磯であることよ。
- 鑑賞
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巻第二十 雑歌 4502
詞書は前の歌に続き「二月、式部大輔中臣清麻呂朝臣の宅にして宴する歌十五首」
梅の花の咲き散る春の長い日を、見ても飽きない庭の池の磯であることよと、主人の庭の景を讃えた一首である。左注によれば、大蔵大輔甘南備伊香真人の作である。宴の初めから詠まれてきた梅と、家持の歌に出た磯とを取り合わせ、庭全体の美しさを讃えている。
作者の甘南備伊香はもと伊香王といい、のちに甘南備真人の姓を賜った。この時は大蔵大輔であった。
初句「梅の花」は一首目以来の宴の庭の梅で、前々歌の初句と同じである。
二句「咲き散る春の」は咲いては散る春のの意である。
三句「長き日を」は春の長い日をの意で、宴の時の長さを示す。
四句「見れども飽かぬ」は見ても飽きないの意で、讃美の常套の句である。
結句「磯にもあるかも」は庭の池の磯であることよの意で、「かも」で詠嘆して結ぶ。家持の歌の「磯松」の磯を受けている。
いそ:池などの岩の多い水際
- 作者
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甘南備伊香
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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八千種の花は移ろふ常盤なる 松のさ枝を我れは結ばな
- 次の歌
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君が家の池の白波磯に寄せ しばしば見とも飽かむ君かも