高円の野の上の宮は荒れにけり
立たしし君の御代遠そけば
- 歌の意味
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高円の野の上の離宮は荒れてしまった。そこにお立ちになった大君の御代が、遠ざかってしまったので。
- 鑑賞
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巻第二十 雑歌 4506
詞書は前の歌に続き「二月、式部大輔中臣清麻呂朝臣の宅にして宴する歌十五首」、さらに「興に依りて各高円の離宮処を思ひて作る歌五首」
高円の離宮は荒れてしまった、そこにお立ちになった大君の御代が遠ざかったのでと、亡き聖武天皇を偲んだ一首である。詞書によれば、中臣清麻呂邸の宴の後半、興に乗じてそれぞれが高円の離宮の跡を思って作った五首の一首目である。左注によれば、右中弁大伴家持の作である。聖武天皇は天平勝宝八歳に崩じており、天皇の愛した高円の離宮の荒廃に、御代の過ぎ去ったことを嘆いている。本巻の前半で家持が高円の宮の秋の華やぎを讃えた歌と、荒廃を嘆くこの歌とが対照をなしている。
作者の大伴家持は大伴旅人の子で、この時は右中弁であった。
初句「高円の」は高円の地で、五首すべての初句または三句に置かれている。
二句「野の上の宮は」は野の高みにある離宮はの意で、聖武天皇の高円離宮を指す。
三句「荒れにけり」は荒れてしまったことよの意で、「けり」は気づきの詠嘆である。ここで句切れとなる。
四句「立たしし君の」の「す」は尊敬で、そこにお立ちになった大君のの意である。
結句「御代遠そけば」は御代が遠ざかったのでの意で、倒置によって荒廃の理由を後から添えて結ぶ。
とほそく:遠ざかる
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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磯の裏に常呼び来住む鴛鴦の 惜しき我が身は君がまにまに
- 次の歌
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高円の峰の上の宮は荒れぬとも 立たしし君の御名忘れめや