古典和歌stream

高円の峰の上の宮は荒れぬとも
立たしし君の御名忘れめや

歌の意味
高円の峰の上の離宮は荒れてしまっても、そこにお立ちになった大君のお名前を、忘れることがあろうか。
鑑賞
巻第二十 雑歌 4507

詞書は前の歌に続き「興に依りて各高円の離宮処を思ひて作る歌五首」
 高円の離宮は荒れても、そこにお立ちになった大君の御名を忘れようかと、聖武天皇への変わらぬ追慕を詠んだ一首である。左注によれば、治部少輔大原今城の作である。前歌の家持の歌とほぼ同じ句を用い、荒廃を嘆いたのに対して、御名は決して忘れないと応じている。
 作者の大原今城は大原真人の一族で、この時は治部少輔であった。

 初句「高円の」は前歌の初句と同じである。
 二句「峰の上の宮は」は前歌の「野の上の宮は」を言い換えたもので、同じ離宮を指す。
 三句「荒れぬとも」は荒れてしまってもの意で、前歌の「荒れにけり」を受けて逆接の仮定とする。
 四句「立たしし君の」は前歌の四句と同じ句である。
 結句「御名忘れめや」の「めや」は反語で、御名を忘れることがあろうか、ないと結び、前歌の嘆きに応じている。

みな:お名前
作者
大原今城
出典
万葉集
前の歌
高円の野の上の宮は荒れにけり 立たしし君の御代遠そけば
次の歌
高円の野辺延ふ葛の末つひに 千代に忘れむ我が大君かも