古典和歌stream

高円の野辺延ふ葛の末つひに
千代に忘れむ我が大君かも

歌の意味
高円の野辺に延びていく葛の先が長く続くように、行く末ついに千代の後にも、忘れることがあろうか、我が大君を。
鑑賞
巻第二十 雑歌 4508

詞書は前の歌に続き「興に依りて各高円の離宮処を思ひて作る歌五首」
 高円の野辺に延びる葛の先のように、千代の後までも我が大君を忘れようかと、聖武天皇への永遠の追慕を詠んだ一首である。左注によれば、主人中臣清麻呂の作である。前歌の「御名忘れめや」を受け、葛の長く延びるさまに追慕の永さを重ねている。
 作者の中臣清麻呂は中臣意美麻呂の子で、この時は式部大輔であった。

 初句「高円の」は前の二首と同じく高円を詠み出している。
 二句「野辺延ふ葛の」は野辺に延びていく葛のの意で、初句と二句が「末」を導く序詞である。
 三句「末つひに」は葛の先の意から、行く末ついにの意へと転じている。
 四句「千代に忘れむ」は千代の後にも忘れるだろうかの意で、結句の「かも」とともに反語となる。
 結句「我が大君かも」は我が大君をの意で、「かも」は反語を表す。忘れることなどないと結び、前歌の結句に応じている。

くず:葛。つるを長く延ばす草
すゑ:先端。また行く末
作者
中臣清麻呂
出典
万葉集
前の歌
高円の峰の上の宮は荒れぬとも 立たしし君の御名忘れめや
次の歌
延ふ葛の絶えず偲はむ大君の 見しし野辺には標結ふべしも