大君の継ぎて見すらし高円の
野辺見るごとに音のみし泣かゆ
- 歌の意味
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大君がいつも絶えずご覧になっていたらしい高円の野辺を見るたびに、声をあげて泣かずにはいられない。
- 鑑賞
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巻第二十 雑歌 4510
詞書は前の歌に続き「興に依りて各高円の離宮処を思ひて作る歌五首」
大君が絶えずご覧になっていたらしい高円の野辺を見るたびに、声をあげて泣かずにはいられないと、聖武天皇を偲ぶ悲しみを詠んだ一首である。左注によれば、大蔵大輔甘南備伊香真人の作で、高円の離宮を思う五首の結びであり、中臣清麻呂邸の宴の歌十五首の結びでもある。前歌の「見しし野辺」を受け、その野を見るたびに悲しみがこみ上げると述べ、追慕の五首を涙で閉じている。
作者の甘南備伊香はもと伊香王といい、のちに甘南備真人の姓を賜った。この時は大蔵大輔であった。
初句「大君の」は聖武天皇を指し、前歌の三句と同じ句である。
二句「継ぎて見すらし」は絶えずご覧になっていたらしいの意で、「らし」は推定である。
三句「高円の」は五首を通じて詠まれる地名である。
四句「野辺見るごとに」は野辺を見るたびにの意で、前歌の「見しし野辺」を受けている。
結句「音のみし泣かゆ」は声をあげて泣かずにはいられないの意で、本巻の大原今城の伝えた天皇を悼む歌の句と同じ句で結んでいる。
つぐ:続ける。絶えず〜する
- 作者
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甘南備伊香
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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延ふ葛の絶えず偲はむ大君の 見しし野辺には標結ふべしも
- 次の歌
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鴛鴦の住む君がこの山斎今日見れば 馬酔木の花も咲きにけるかも