植ゑし時花見むとしも思はぬに
咲き散る見れば齢老いにけり
- 歌の意味
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植えたときには、この花を見られようとも思っていなかったのに、こうして咲いては散るのを見ると、我が身はいよいよ年老いたことだ。
- 鑑賞
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巻第二 春歌中 47
詞書「年老いてのち、梅の花植ゑて、明くる年の春、思ふ所ありて」
老いてから植えた梅が翌春に咲き散るのを見て、我が身の老いを改めて感じた歌である。花を見るまで生きられるとも思わずに植えた梅が咲き、また散っていくさまに、残り少ない我が身の齢を重ねている。
詞書によれば、年老いてから梅を植え、その翌年の春に思うところがあって詠んだものである。花が咲いた喜びよりも、咲いて散る花の姿に老いの自覚を深めた心が読み取れる。
作者の藤原扶幹は藤原北家の人で、駿河守藤原村椙の次男である。参議を経て大納言に至った。
初句「植ゑし時」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、梅を植えたその時を振り返っている。植えた時を詠む点は本巻の第四十九首の「植ゑけむ時を」とも通じている。巻頭のこの歌が老いを嘆くのに対し、巻末の第八十首は年を経た身を励ます歌であり、本巻は老いの歌に始まり、老いを慰める歌で閉じる配列になっている。
二句「花見むとしも」の「む」は意志、「しも」は強意で、花を見ようなどとは、と打消を強めている。
三句「思はぬに」は、打消の「ぬ」に逆接の「に」がついたもので、思わなかったのに、の意である。
四句「咲き散る見れば」は、花が咲き、やがて散るのを見ると、の意で、花の一生を見届けたことを表す。
結句「齢老いにけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、花の移ろいを見て我が身の老いを改めて悟ったことを表す。
よはひ:年齢、寿命
- 作者
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藤原扶幹
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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春ごとに咲きまさるべき花なれば 今年をもまだ飽かずとぞ見る
- 次の歌
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竹近く夜床寝はせじ鴬の 鳴く声聞けば朝寝せられず