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我が宿のなげきは春も知らなくに
何にか花を比べても見む

歌の意味
我が家の嘆きという木は、春が来たことも知らず花も咲かないのだから、いったい何に、この桜の花を比べて見ようか。
鑑賞
巻第三 春歌下 93

詞書「常に消息つかはしける女友達のもとより、桜の花のおもしろかりけるを折りて、これぞこの花に見比べよとありければ/父の親王の心させるやうにもあらで、常に物思ひける人にてなんありける」
 友人から見事な桜を贈られ、我が家の花と見比べよと言われたのに対し、我が家の「なげき」は春も知らず花も咲かないので、比べるものがないと答えた歌である。嘆きの木には花が咲かないという機知によって、物思いに沈む身の上を表している。
 詞書によれば、いつも便りを交わしていた女友達のもとから、見事な桜を折って、これをあなたの家の花と見比べなさいと言ってきたので詠んだものである。添え書きによれば、作者は父の親王がとりたてて心にかけている様子でもなく、常に物思いをしていた人であったという。
 作者の「こわかきみ」が誰を指すかについては定説を見ない。女房などの呼び名と見られ、添え書きから親王の娘であったことが知られる。

 初句「我が宿の」は、我が家の、の意である。本巻の第八十九首、第百二十首も我が家を詠んでおり、友人の家の花と我が家との対比を示している。
 二句「なげきは春も」の「なげき」は、「嘆き」と、薪にする木の「投げ木」を掛けた掛詞である。巻第二の第五十五首、第六十五首、第六十六首にも同じ掛詞が用いられている。
 三句「知らなくに」は、知らないのだから、の意で、嘆きの木は春が来ても花を咲かせないことを表す。
 四句「何にか花を」の「か」は係助詞で、結句の連体形「む」と係り結びをなし、何に比べようか、比べるものはない、と反語の意を込めている。
 結句「比べても見む」は、詞書の「見比べよ」という友人の言葉を受けて、比べてみようにも比べようがないと答えている。

なげき:「嘆き」と、薪にする木の「投げ木」を掛ける
せうそこ:手紙、便り
作者
こわかきみ
出典
後撰和歌集
前の歌
うちはへて春はさばかりのどけきを 花の心や何急ぐらん
次の歌
春の日の影添ふ池の鏡には 柳の眉ぞまづは見えける