うちはへて春はさばかりのどけきを
花の心や何急ぐらん
- 歌の意味
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ずっと引き続いて、春はこれほどのどかであるのに、花の心は、何をそんなに急いで散っていくのだろうか。
- 鑑賞
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巻第三 春歌下 92
詞書「題しらず」
春はこれほど長くのどかであるのに、花はなぜ急いで散っていくのかと、花の心をいぶかった歌である。のどかな春と慌ただしく散る花とを対比させ、花を惜しむ思いを表している。
作者の「きよはらのふかやぶ」は清原深養父である。内匠允などを経て従五位下に至った。琴の名手としても知られ、清原元輔の祖父、清少納言の曽祖父にあたる。中古三十六歌仙の一人である。
古今和歌集の紀友則の「久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ」も、のどかな春の日に落ち着きなく散る花をいぶかっており、本歌と同じ趣向をもつ。
初句「うちはへて」は、ずっと長く引き続いて、の意で、春の日々がのどかに続くさまを表す。
二句「春はさばかり」の「さばかり」は、それほど、あれほど、の意である。
三句「のどけきを」の「を」は逆接で、のどかであるのに、の意である。本巻の第百三十六首も「のどけかるべき春」と春ののどかさを詠んでいる。
四句「花の心や」の「や」は疑問の係助詞で、結句の連体形「らん」と係り結びをなす。花を人のように見立て、その心を問うている。
結句「何急ぐらん」の「らん」は原因を推量する助動詞で、何を急いで散るのだろうか、の意を表す。
うちはふ:長く引き続く
- 作者
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清原深養父
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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吹く風の誘ふものとは知りながら 散りぬる花のしひて恋しき
- 次の歌
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我が宿のなげきは春も知らなくに 何にか花を比べても見む