神無月時雨降るにも暮るる日を
君待つほどは長しとぞ思ふ
- 歌の意味
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十月、時雨が降るうちにも早く暮れてしまう短い日なのに、あなたを待っている間は長いと思うことだ。
- 鑑賞
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巻第八 冬歌 461
詞書「親のほかにまかりて遅く帰りければ、つかはしける」
十月の、時雨が降るうちにも早く暮れてしまう短い日なのに、あなたを待っている間は長く感じると詠んだ歌である。冬の日の短さと、親の帰りを待つ時間の長さとを対比させ、幼い子の待ちわびる心を素直に表している。
詞書によれば、親がよそへ出かけて帰りが遅かったので送った歌である。幼い娘が親を待ちわびる思いを詠んでおり、恋の歌の多い本巻のなかで、親子の情を詠んだ珍しい一首である。
作者は「人のむすめの八つなりける」とあり、ある人の娘で八歳であった子の意である。名は伝わらない。
初句「神無月」は、陰暦十月の異称で、本巻でたびたび置かれる語である。
二句「時雨降るにも」は、時雨が降るにつけても、の意である。
三句「暮るる日を」は、暮れてしまう日なのに、の意で、冬の日の短さをいっている。
四句「君待つほどは」は、あなたを待っている間は、の意で、三句の日の短さと対比させている。
結句「長しとぞ思ふ」は、係助詞「ぞ」と連体形「思ふ」が係り結びをなし、長いと思うことだ、の意である。
かんなづき:陰暦十月の異称、冬の最初の月
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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冬の池の鴨の上毛に置く霜の 消えてもの思ふころにもあるかな
- 次の歌
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身をわけて霜や置くらん あだ人の言の葉さへにかれもゆくかな