夕暮れはまつにもかかる白露の
おくる朝や消えは果つらん
- 歌の意味
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夕暮れは、松に白露がかかるように、待つことに望みをかけていられるが、露が置き、あなたを送り出す朝にこそ、すっかり消えはててしまうのだろう。
- 鑑賞
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巻第九 恋歌一 511
詞書「返し」
夕暮れは待つことに望みをかけていられるが、あなたを送り出す朝には、白露のように消えはててしまうだろうと詠んだ歌である。前歌の問いに対し、別れの朝のほうがつらいと答えている。
前歌の元良親王の歌への返歌である。親王の「待つ夕暮れ」「帰る朝」を受けて、「夕暮れはまつ」「おくる朝」と返し、別れの朝のつらさがまさると答えている。
作者の「藤原かつみ」は、元良親王と歌を交わした女性で、経歴は詳しく伝わらない。
初句「夕暮れは」は、夕暮れは、の意で、前歌の二句「待つ夕暮れ」を受けている。
二句「まつにもかかる」の「まつ」は、「待つ」と「松」を掛けた掛詞で、待つことに望みがかかる意と、松の枝に露がかかる意を重ねている。
三句「白露の」は、白く光る露の、の意で、はかなく消えるものの例であり、四句の「おく」と結句の「消え」を導いている。
四句「おくる朝や」の「おくる」は、露が「置く」と、相手を「送る」を掛けた掛詞で、前歌の四句「帰る朝」を受けている。「や」は疑問の係助詞である。
結句「消えは果つらん」は、すっかり消えてしまうのだろう、の意で、四句の「や」を受けて連体形「らん」で結ぶ係り結びとなっている。「消え」は露の縁語である。
まつ:「待つ」意と「松」を掛ける
おくる:露が「置く」意と、相手を「送る」意を掛ける
きえはつ:すっかり消えてしまう
- 作者
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藤原かつみ
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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くやくやと待つ夕暮れと今はとて 帰る朝といづれまされり
- 次の歌
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うち返し君ぞ恋しき大和なる 布留の早稲田の思ひ出でつつ