唐衣きて帰りにしさ夜すがら
あはれと思ふを恨むらんはた
- 歌の意味
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来てくださったのに、そのまま帰ってしまわれたあの夜通し、私はしみじみといとしく思っていたのに、あなたはやはり恨んでいるのだろうか。
- 鑑賞
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巻第九 恋歌一 529
詞書「敦慶の親王まうで来たりけれど、逢はずして帰して、またのあしたにつかはしける」
来てくれたのに逢わずに帰したあの夜、私は夜通しあなたをいとしく思っていたのに、あなたはやはり恨んでいるのだろうか、と詠んだ歌である。逢わずに帰した相手を気づかい、自分の本心を伝えようとしている。
詞書によれば、敦慶親王が訪ねてきたが逢わずに帰し、その翌朝に送った歌である。
作者の「桂のみこ」は孚子内親王である。宇多天皇の皇女で、桂の地に住んだことから桂のみこと呼ばれた。同じく宇多天皇の皇子である敦慶親王と恋の歌を交わしたことが知られる。
初句「唐衣」は、美しい衣、の意で、二句の「き」を導く枕詞のように用いられている。
二句「きて帰りにし」の「きて」は、衣を「着て」と、親王が「来て」を掛けた掛詞である。
三句「さ夜すがら」は、夜通し、の意で、「さ」は接頭語である。
四句「あはれと思ふを」は字余りで、しみじみといとしく思っているのに、の意である。
結句「恨むらんはた」の「はた」は、やはり、それでもまた、の意で、恨んでいるのだろうか、の意である。逢わずに帰したことへの気づかいがこめられている。
からころも:唐風の美しい衣、衣の美称
きて:衣を「着て」の意と、親王が「来て」の意を掛ける
さよすがら:夜通し
- 作者
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孚子内親王
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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潮満たぬ海と聞けばや世とともに みるめなくして年の経ぬらん
- 次の歌
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影だにも見えずなりゆく山の井は 浅きよりまた水や絶えにし