逢ふことのかた糸ぞとは知りながら
玉の緒ばかり何によりけん
- 歌の意味
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逢うことは難しい片糸だとは知りながら、玉の緒、つまり命ばかりを、どうして縒り合わせてあなたに寄せたのだろうか。
- 鑑賞
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巻第九 恋歌一 550
詞書「いと忍びたる女に逢ひ語らひてのち、人目につつみてまた逢ひがたく侍りければ」
逢うことは難しい片糸のようなものと知りながら、どうして命をかけてまで思いを寄せてしまったのだろうか、と詠んだ歌である。人目をはばかって逢えない恋に、それでも命をかけた自分を顧みて嘆いている。
詞書によれば、ひそかに通う女と契りを結んだのちに、人目をはばかって再び逢いにくくなったので詠んだ歌である。本巻の巻頭の第五百七首と同じく、逢ったのちに逢いがたくなった嘆きを詠んでいる。
作者の「これたたのみこ」は是忠親王である。光孝天皇の皇子で、一時臣籍に降ったのち親王に復した。源宗于の父にあたる。
初句「逢ふことの」は、逢うことの、の意である。
二句「かた糸ぞとは」の「かた」は、縒り合わせる前の「片糸」と、逢うことの「難し」を掛けた掛詞である。
三句「知りながら」は、知っていながら、の意である。
四句「玉の緒ばかり」は、命だけを、の意で、「玉の緒」は玉を貫く紐から命を意味し、「糸」の縁語となっている。
結句「何によりけん」の「より」は、糸を「縒り」と、思いを「寄り」を掛けた掛詞で、どうして寄せたのだろうか、の意である。
かたいと:縒り合わせる前の一本の糸、逢うことの「難し」を掛ける
たまのを:玉を貫く紐、命
よる:糸を「縒る」意と、心が「寄る」意を掛ける
- 作者
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是忠親王
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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数ならぬみ山隠れの郭公 人知れぬ音をなきつつぞ経る
- 次の歌
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思ふとは言ふものからにともすれば 忘るる草の花にやはあらぬ