ともかくも言ふ言の葉の見えぬかな
いづらは露のかかり所は
- 歌の意味
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何とも言ってよこす言葉さえ見えないことだ。どこにあるのか、露がかかるはずのその葉は。
- 鑑賞
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巻第十 恋歌二 609
詞書「くにもちが音せざりければつかはしける」
何とも言ってくる言葉が見えない、露がかかるはずの葉はどこにあるのか、と詠んだ歌である。便りのない男を、露を置く葉がないことにたとえて恨んでいる。
詞書によれば、くにもちという人が音沙汰をよこさなかったので送った歌である。
作者の「本院右京」は、本院と呼ばれた藤原時平の邸に仕えた女房で、右京と呼ばれた女性である。経歴は詳しく伝わらない。
初句「ともかくも」は、何とでも、どうとでも、の意である。
二句「言ふ言の葉の」は、言ってよこす言葉の、の意で、「言の葉」の「葉」が結句の「露」の縁語となる。
三句「見えぬかな」は、見えないことだ、の意で、ここで句切れとなる。
四句「いづらは露の」の「いづら」は、どこか、の意である。「露」には、わずかなものの意を響かせている。
結句「かかり所は」は、露がかかるはずの所は、の意で、四句と倒置の関係にある。わずかでも身を寄せて頼りにする所はどこか、という嘆きを込めている。
ことのは:言葉、和歌
かかりどころ:露がかかる所、頼りとする所
- 作者
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本院右京
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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あやしくも厭ふにはゆる心かな いかにしてかは思ひ止むべき
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わび人のそほつてふなる涙川 下り立ちてこそ濡れわたりけれ