わび人のそほつてふなる涙川
下り立ちてこそ濡れわたりけれ
- 歌の意味
-
恋に悩む人がぐっしょりと濡れるという涙川に、自ら下り立ってこそ、ずっと濡れ続けているのだ。
- 鑑賞
-
巻第十 恋歌二 610
詞書「題しらず」
恋に悩む人がぐっしょり濡れるという涙川に、自ら下り立って濡れ続けている、と詠んだ歌である。人から聞くだけだった恋の涙を、身をもって味わっている嘆きを表している。
次歌の第六百十一首は大輔の返し、第六百十二首は再び作者が詠み返した歌で、涙川をめぐる三首の贈答となっている。
作者の橘敏仲は、平安時代中期の人物で、経歴は詳しく伝わらない。
初句「わび人の」は、恋に思い悩む人が、の意である。
二句「そほつてふなる」は、ぐっしょり濡れるという、の意である。
三句「涙川」は、流れる涙を川にたとえた語である。次歌の第六百十一首、第六百十二首も三句に「涙川」を置き、贈答の歌が同じ語でつながっている。
四句「下り立ちてこそ」は、自ら川に下り立って、の意で、恋に深く身を投じたことをいう。「こそ」は強めの係助詞である。
結句「濡れわたりけれ」は、ずっと濡れ続けていることだ、の意で、四句の「こそ」を受けて已然形「けれ」で結ぶ係り結びとなっている。
わびびと:思い悩む人、恋に苦しむ人
そほつ:ぐっしょりと濡れる
なみだがは:流れる涙を川にたとえた語
- 作者
-
橘敏仲
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
ともかくも言ふ言の葉の見えぬかな いづらは露のかかり所は
- 次の歌
-
淵瀬とも心も知らず涙川 下りや立つべき袖の濡るるに