鶯の雲居にわびて鳴く声を
春のさがとぞ我は聞きつる
- 歌の意味
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鶯が遠い空で嘆いて鳴く声を、春という季節のならいだと、私は聞いていたのだ。
- 鑑賞
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巻第十 恋歌二 614
詞書「相知りて侍りける女を久しう訪はず侍りければ、いといたうなむわび侍ると人の告げ侍りければ」
鶯が遠い空で嘆き鳴く声を、春のならいだと聞いていた、と詠んだ歌である。訪れの途絶えた女の嘆きを鶯の声にたとえ、それを春の鳥の本性として聞き流していたとして、深刻さに気づかなかったことを言い訳している。
詞書によれば、親しくしていた女を長く訪れずにいたところ、女がひどく嘆いていると人が知らせてきたので詠んだ歌である。巻第九の第五百三十三首も結句に「さがとこそ見れ」を置き、相手の嘆きを生まれつきの性と見なす同じ趣向をとっている。
作者の藤原顕忠は、左大臣藤原時平の次男で、右大臣にまで昇った。
初句「鶯の」は、鶯が、の意で、嘆いている女のたとえである。
二句「雲居にわびて」は、遠い空で嘆いて、の意で、作者から遠く離れている女の境遇を重ねている。
三句「鳴く声を」は、鳴く声を、の意で、女の嘆きをいう。
四句「春のさがとぞ」は、春という季節の本性だと、の意で、「ぞ」は強めの係助詞である。
結句「我は聞きつる」は、私は聞いていた、の意で、四句の「ぞ」を受けて連体形「つる」で結ぶ係り結びとなっている。
くもゐ:空、遠く隔たった所
さが:生まれつきの性質、ならい
- 作者
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藤原顕忠
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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かかりける人の心をしらつゆの 置ける物とも頼みけるかな
- 次の歌
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かくばかり常なき世とは知りながら 人をはるかに何頼みけん