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呉服あやに恋しくありしかば
ふたむら山も越えずなりにき

歌の意味
くれはとりの綾ではないが、むやみに恋しかったので、二村山も越えずに帰って来てしまった。
鑑賞
巻第十一 恋歌三 712

詞書「公使ひにて東の方へまかりけるほどに、初めてあひ知りて侍る女に、かくやむごとなき道なれば、心にもあらずまかりぬるなど申して下り侍りけるを、後に改め定めらるることありて召し返されければ、この女聞きて喜びながら問ひにつかはしたりければ、道にて人の心ざし贈りて侍りける呉服といふ綾を、二むら包みてつかはしける」
 くれはとりの綾ではないがむやみに恋しかったので、二村山も越えずに戻ってきた、と詠んだ歌である。綾織物の名と地名を巧みに用いて、都に残した女への思いの深さを伝えている。
 詞書によれば、作者は公の使いとして東国へ下る途中で、知り合ったばかりの女に、大切な務めなので心ならずも出かけると告げて下っていった。その後、決定が改められて呼び戻されたので、女が喜んで便りを寄こした。そこで道中で人から贈られた呉服という綾を二むら包んで送った歌である。二村山は尾張の国の歌枕である。次歌の第七百十三首は女の返しである。
 作者の清原諸実は、平安時代中期の人物で、経歴は詳しく伝わらない。

 初句「呉服」は、中国から伝わった綾織物の名で、同音の「あや」を導く枕詞として用いられている。
 二句「あやに恋しく」の「あや」は、綾織物の「綾」と、むやみに、の意の「あやに」を掛ける掛詞である。
 三句「ありしかば」は、あったので、の意で、「しか」は過去の助動詞「き」の已然形である。
 四句「ふたむら山も」は、尾張の国の歌枕である二村山に、綾を二むら贈ったことを掛ける掛詞である。次歌の第七百十三首の四句も「ふたむら山の」としており、同じ語で応じている。
 結句「越えずなりにき」は、越えずに終わってしまった、の意で、「にき」は完了と過去を表す。

くれはとり:中国の呉から伝わった織物、またその技法を伝えた織工
あや:綾織物の意と、むやみに、の意を掛ける
ふたむら:地名の二村山の意と、布の二反を表す「二むら」を掛ける
作者
清原諸実
出典
後撰和歌集
前の歌
うつつにて誰契りけん定めなき 夢路に迷ふ我は我かは
次の歌
唐衣たつを惜しみし心こそ ふたむら山の関となりけめ