あしたづの雲居にかかる心あらば
世を経て沢に住まずぞあらまし
- 歌の意味
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葦辺の鶴が雲居を目指すような心があるのなら、長い年月を沢辺に住み続けたりはしないでしょうに。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌三 754
詞書「返し」
鶴に雲居を目指す心があるなら、長い年月沢に住み続けはしないだろう、と詠んだ返歌である。本当に雲の上を慕う心があるなら、とうに会いに来ているはずだと、相手の言葉をたしなめている。
前歌の第七百五十三首に対する返しである。
作者の「女四のみこ」は勤子内親王である。醍醐天皇の第四皇女で、藤原師輔の妻となった。
初句「あしたづの」は、前歌の初句「葦鶴の」を受けたもので、相手を沢辺の鶴にたとえている。
二句「雲居にかかる」は、雲のかなたに思いを懸ける、の意で、前歌の「雲の上」を受けている。
三句「心あらば」は、心があるならば、の意で、結句の「まし」と呼応して反実仮想を表す。
四句「世を経て沢に」は、長い年月を経て沢に、の意で、前歌の二句「沢辺に年は」を受けている。
結句「住まずぞあらまし」は、住まないでいるだろうに、の意で、「ぞ」は強めの係助詞であり、連体形「まし」で結ぶ係り結びとなっている。
くもゐ:雲のある高い所、宮中
- 作者
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勤子内親王
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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葦鶴の沢辺に年は経ぬれども 心は雲の上にのみこそ
- 次の歌
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松山につらきながらも波越さむ ことはさすがに悲しきものを