筑波嶺の峰より落つるみなの川
恋ぞつもりて淵となりける
- 歌の意味
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筑波山の峰から流れ落ちるみなの川が、しだいに水を集めて深い淵となるように、私の恋も積もり積もって、淵のように深くなったことだ。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌三 776
詞書「釣殿の皇女につかはしける」
筑波嶺の峰から落ちるみなの川が淵となるように、恋が積もって深くなった、と詠んだ歌である。わずかな流れが集まって深い淵となる川の姿に、少しずつ募って深まった恋心をたとえている。
詞書によれば、釣殿の皇女に送った歌である。釣殿の皇女は光孝天皇の皇女である綏子内親王で、のちに陽成院の妃となった。小倉百人一首にも採られているが、百人一首では結句を「淵となりぬる」とする。
作者の「陽成院御製」は陽成天皇である。清和天皇の皇子で、九歳で即位したが、十七歳で退位した。御製は天皇や上皇の詠んだ歌をいう。
初句「筑波嶺の」は、常陸の国の筑波山の、の意である。
二句「峰より落つる」は、峰から流れ落ちる、の意である。
三句「みなの川」は、筑波山から流れ出る川で、初句からここまでが、四句以下の恋の深まりをたとえる序詞となっている。
四句「恋ぞつもりて」は、恋が積もって、の意で、「ぞ」は強めの係助詞である。
結句「淵となりける」は、淵となったことだ、の意で、四句の「ぞ」を受けて連体形「ける」で結ぶ係り結びとなっている。本巻の第七百五十首から第七百五十二首の飛鳥川の歌では淵が瀬に変わることが詠まれたが、本歌では流れが積もって淵となる。
つくばね:常陸の国の筑波山
みなのがは:筑波山から流れ出る川、男女川とも書く
ふち:川の水が深くよどんでいる所
- 作者
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陽成天皇
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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隠れ沼に住む鴛鴦の声絶えず なけどかひなきものにぞありける
- 次の歌
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雁がねの雲居遥かに聞こえしは 今は限りの声にぞありける