ながめつつ人待つ宵の呼子鳥
いづ方へとか行き帰るらむ
- 歌の意味
-
物思いにふけりながら人を待つ宵に鳴く呼子鳥は、いったいどちらへ行っては帰っているのだろうか。
- 鑑賞
-
巻第十三 恋歌五 942
詞書「公頼朝臣今まかりける女のもとにのみまかりければ」
物思いにふけりながら人を待つ宵の呼子鳥は、どちらへ行き来しているのだろう、と詠んだ歌である。人を呼ぶように鳴く呼子鳥に、新しい女のもとへばかり通う男を重ね、自分のもとへ帰らない夫への恨みをさりげなく込めている。
詞書によれば、藤原公頼が新しく通いはじめた女のもとにばかり行くようになったので詠んだ歌である。待つ女の嘆きを詠む歌で、本巻の第九百三十八首とも通じている。
作者の寛湛法師母は、寛湛法師の母で、詳しい伝は未詳である。詞書から藤原公頼の妻であったとみられる。
初句「ながめつつ」は、物思いにふけりながら、の意である。
二句「人待つ宵の」は、人を待つ宵の、の意で、男の訪れを待つ夕方を表している。
三句「呼子鳥」は、人を呼ぶように鳴く鳥、の意で、男をたとえている。
四句「いづ方へとか」は、どちらへ、の意で、「か」は疑問の係助詞である。
結句「行き帰るらむ」は、行き来しているのだろう、の意で、「らむ」は現在の推量の助動詞で、四句の「か」を受けて連体形で結んでいる。
ながむ:物思いにふけってぼんやりと見やる
よぶこどり:人を呼ぶように鳴く鳥。カッコウの類とされる
- 作者
-
寛湛法師母
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
あさりする時ぞわびしき人知れず 難波の浦にすまふ我が身は
- 次の歌
-
人言の頼みがたさは難波なる 葦の裏葉のうらみつべしな