人はかる心の隈はきたなくて
清き渚をいかで過ぎけん
- 歌の意味
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人をだます心の奥底は汚れているのに、どうしてあの清らかな伊勢の渚を通り過ぎてくることができたのだろう。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌五 944
詞書「忍びて通ひ侍りける人、今帰りてなど頼めおきて、公の使に伊勢の国にまかりて帰り詣で来て、久しう訪はず侍りければ」
人をだます心の奥は汚れているのに、どうして清らかな渚を通り過ぎてきたのだろう、と詠んだ歌である。神域である伊勢の清らかな渚と、約束を破った男の汚れた心を対比させ、鋭く責めている。
詞書によれば、忍んで通っていた男が、すぐ帰って来るなどと頼みにさせて公の使いで伊勢の国へ行き、帰って来た後も久しく訪れなかったので詠んだ歌である。次歌の第九百四十五首は藤原兼輔の返しで、伊勢の浦の宿りに寄せて答えている。
作者の少将内侍は、内侍として仕えた女官で、詳しい伝は未詳である。
初句「人はかる」は、人をだます、の意で、「はかる」は計略をめぐらす意である。
二句「心の隈は」は、心の奥の隠れた所は、の意である。
三句「きたなくて」は、汚れていて、の意で、四句の「清き」と対をなしている。
四句「清き渚を」は、清らかな渚を、の意で、神域である伊勢の浜辺を指している。
結句「いかで過ぎけん」は、どうして通り過ぎたのだろう、の意で、「けん」は過去の原因を推量する助動詞「けむ」である。
はかる:だます、計略をめぐらす
くま:奥まって隠れた所、心の隅
なぎさ:波打ち際、浜辺
- 作者
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少将内侍
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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人言の頼みがたさは難波なる 葦の裏葉のうらみつべしな
- 次の歌
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誰がために我が命をながはまの 浦に宿りをしつつかは来し