絶えぬとも何思ひけん涙川
流れあふ瀬もありけるものを
- 歌の意味
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仲が絶えてしまったなどと、どうして思ったのだろう。涙の川にも、流れが合う瀬、また逢う折もあったのに。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌五 949
詞書「左大臣河原に出で逢ひて侍りければ」
仲が絶えたなどとどうして思ったのだろう、涙の川にも流れが合う瀬があったのに、と詠んだ歌である。もう終わったと思い嘆いていた仲が、思いがけず再び逢えたことの喜びを、涙川の流れが合う瀬にたとえている。
詞書によれば、左大臣と河原で出会ったので詠んだ歌である。左大臣は藤原実頼とみられる。河原での出会いを涙川の「逢ふ瀬」に重ねている。前の第九百四十六首、第九百四十七首の涙川が逢えない嘆きであったのに対し、本歌は逢う瀬があったと喜んでおり、同じ涙川で反転した趣向となっている。
作者の「内侍たひらけい子」は平けい子で、内侍として仕えた女官である。漢字表記は定まらず、詳しい伝は未詳である。
初句「絶えぬとも」は、仲が絶えてしまったと、の意で、「ぬ」は完了の助動詞である。
二句「何思ひけん」は、どうして思ったのだろう、の意で、「けん」は過去の原因を推量する助動詞「けむ」である。ここで句切れとなる。
三句「涙川」は、涙の川、の意で、本巻の第九百四十六首、第九百四十七首と同じ語である。
四句「流れあふ瀬も」は、流れが合う瀬も、の意で、「あふ」に流れが「合ふ」と人が「逢ふ」を掛けている。
結句「ありけるものを」は、あったのに、の意で、「ものを」は詠嘆を含む逆接の接続助詞である。
あふせ:流れが「合ふ瀬」と、男女が「逢ふ瀬」を掛ける
- 作者
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平けい子
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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きて帰る名をのみぞたつ唐衣 下結ふ紐の心解けねば
- 次の歌
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今ははや深山を出でて郭公 け近き声を我に聞かせよ