富士の嶺をよそにぞ聞きし今はわが
おもひに燃ゆる煙なりけり
- 歌の意味
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富士の嶺の煙を、これまでは自分とかかわりのないものとして聞いていた。今ではそれが、私の思いの火に燃える煙であったのだ。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌六 1014
詞書「思ひかけたる女のもとに」
富士の嶺の煙を人ごととして聞いていたが、今は自分の思いの火に燃える煙であった、と詠んだ歌である。噂に聞くばかりだった富士の煙を、恋を知った今は自分の胸から立つ煙として実感していると、燃える恋心を訴えている。
詞書によれば、思いを寄せた女のもとに送った歌で、次歌の第千十五首に女の返しが置かれている。富士の煙を恋の思いにたとえる趣向は、古今和歌集の仮名序にも富士の煙によそえて人を恋うと記されるように、古くからの型である。本巻の第千十七首も、思いの火の中に燃える身を詠んでいる。
作者の「あさよりの朝臣」は藤原朝頼である。右大臣藤原定方の子で、従四位上勘解由長官に至った。
初句「富士の嶺を」は、富士山の頂を、の意で、煙を立てる山として詠まれている。次歌の三句に受け継がれている。
二句「よそにぞ聞きし」は、自分とかかわりのないものとして聞いていた、の意で、「ぞ」の係助詞を受けて連体形「し」で結ぶ係り結びとなっている。ここで句切れとなる。
三句「今はわが」は、今は私の、の意で、二句の昔と対比させている。
四句「おもひに燃ゆる」は、思いの火に燃える、の意で、「おもひ」の「ひ」に「火」を掛けている。
結句「煙なりけり」は、煙であったのだ、の意で、「けり」は気づきの詠嘆を表す。次歌の結句「煙なるらん」がこれを受けている。
おもひ:「思ひ」の「ひ」に「火」を掛ける
よそ:自分とかかわりのない所、他人事
- 作者
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藤原朝頼
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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飛鳥河心の内に流るれば 底のしがらみいつかよどまん
- 次の歌
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しるしなきおもひとぞ聞く富士の嶺も かごとばかりの煙なるらん