くやしくぞ天つ乙女となりにける
雲路尋ぬる人もなき世に
- 歌の意味
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悔しいことに、天の乙女となってしまったことだ。雲の通い路を尋ねて来てくれる人もいない世なのに。
- 鑑賞
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巻第十五 雑歌一 1101
詞書「五節の舞姫にて、もし召し留めらるる事やあると思ひ侍りけるを、さもあらざりければ」
雲路を尋ねてくれる人もいない世に、悔しくも天つ乙女となってしまった、と詠んだ歌である。五節の舞姫を天女になぞらえ、宮中に召し留められることを期待しながらかなわなかった落胆を詠んでいる。
詞書によれば、五節の舞姫を務め、もしかすると宮中に召し留められることがあるかと思っていたが、そうならなかったので詠んだ歌である。古今和歌集の僧正遍昭の歌「天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ」が舞姫を留めたいと詠んだのに対し、本歌は留める人もいないと嘆いている。
作者は藤原滋包の娘で、詳しい伝は未詳である。
初句「くやしくぞ」は、悔しいことに、の意で、「ぞ」は強意の係助詞で、三句の連体形「ける」で結ぶ係り結びとなっている。
二句「天つ乙女と」は、天の乙女と、の意で、五節の舞姫を天女になぞらえている。「つ」は「の」の意の古い格助詞である。
三句「なりにける」は、なってしまったことだ、の意で、初句の「ぞ」を受けて結んでいる。ここで句切れとなる。
四句「雲路尋ぬる」は、雲の通い路を尋ねてくる、の意で、天女を訪ねて留めようとする人をいう。
結句「人もなき世に」は、人もいない世の中なのに、の意で、召し留められなかった嘆きを示している。
ごせち:新嘗祭や大嘗祭で行われた少女の舞。またその舞姫
くもぢ:雲の中の通い路
あまつをとめ:天女。ここは五節の舞姫を指す
めしとどむ:召して手もとに留める
- 作者
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藤原滋包女
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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昼なれや見ぞまがへつる月影を 今日とや言はむ昨日とや言はん
- 次の歌
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人の親の心は闇にあらねども 子を思ふ道にまどひぬるかな