吹き出づるね所高く聞こゆなり
初秋風はいざ手ならさじ
- 歌の意味
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吹き出してくる風は、その出どころが高い所だと聞こえてくる。この初秋の風は、さあ、手に慣らして気安くあおぐことはするまい。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌二 1137
詞書「院の帝内におはしましし時、人々に扇調ぜさせたまひける、奉るとて」
吹き出す風の出どころは高く聞こえる、この初秋の風を気安く手に慣らすことはすまい、と詠んだ歌である。帝の命で作った扇から起こる風を、高い所から吹き出す風に見立て、帝の仰せによる扇を恐れ多くて軽々しく使えないとかしこまっている。
詞書によれば、院の帝がまだ位にあった時、人々に扇を作らせたので、それを献上するときに添えた歌である。院の帝は、後撰和歌集の撰進のころの上皇で、朱雀院を指すとみられる。次歌に大輔の返しがあり、贈答となっている。
作者の「小弐のめのと」は少弐乳母で、少弐の官にあった人にゆかりのある乳母とみられるが、名や伝は未詳である。
初句「吹き出づる」は、吹き出してくる、の意で、扇から起こる風をいう。
二句「ね所高く」は、その出どころが高く、の意で、「ね」に根と音を掛け、帝の命という高い所から出た扇であることを示している。
三句「聞こゆなり」は、聞こえてくるようだ、の意で、「なり」は音に聞く推定の助動詞である。ここで句切れとなる。
四句「初秋風は」は、初秋の風は、の意で、扇の起こす風を秋風に見立てている。次歌の三句「秋風を」がこの語を受けている。
結句「いざ手ならさじ」は、さあ、手に慣らすことはすまい、の意で、「じ」は打消の意志を表す。「ならさ」に手に「慣らす」意と、扇を「鳴らす」意を響かせている。
ね:根の意と、音の意を掛ける
ならす:手に慣らす意と、扇を鳴らす意を響かせる
てうず:作らせる。調える
- 作者
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少弐乳母
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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宇治川の浪にみなれし君ませば 我も網代に寄りぬべきかな
- 次の歌
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心してまれに吹きつる秋風を 山おろしにはなさじとぞ思ふ