今来むと言ひしばかりを命にて
待つに消ぬべしさくさめの刀自
- 歌の意味
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すぐに行こうと言ったその言葉だけを命の綱として待つうちに、消え入ってしまいそうだ、さくさめの刀自は。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌四 1259
詞書「人の婿の、今まうで来むと言ひてまかりにけるが、文おこする人ありと聞きて久しうまうで来ざりければ、あどうがたりの心をとりてかくなん申すめると言ひつかはしける」
すぐ来ると言った言葉だけを命として待つうちに、さくさめの刀自は消え入りそうだ、と詠んだ歌である。通って来なくなった婿に、娘の母が、待ちわびる娘の心を、語り物の言葉を借りて訴えている。
詞書によれば、娘の婿が、すぐにまた来ると言って帰ったが、娘のもとに手紙をよこす人がいると聞いて、長く来なかったので、娘の母が、あどうがたりの趣向を借りて、このように申しているようですと言って送った歌である。「あどうがたり」は相手の話に調子を合わせて語る語り物を指すとみられるが、詳しくは未詳である。次歌は婿の返しで、二首は贈答の一組となっている。
作者は「女のはは」とあり、娘の母を指す。名は伝わらない。
初句「今来むと」は、すぐに行こうと、の意で、婿が帰りぎわに言った言葉である。小倉百人一首の素性法師の歌「今来むと言ひしばかりに長月の」と同じ初句である。
二句「言ひしばかりを」は、言ったその言葉だけを、の意である。
三句「命にて」は、命の綱として、の意である。
四句「待つに消ぬべし」は、待つうちに消え入ってしまいそうだ、の意で、「べし」は推量を表す。ここで句切れとなり、結句と倒置になっている。
結句「さくさめの刀自」は、語義は未詳であるが、「刀自」は一家の主婦や年長の女性をいう語で、語り物に出る女の呼び名を借りて、待ちわびる娘を指しているとみられる。体言止めとなっている。
とじ:一家の主婦や年長の女性の呼び名
あどうがたり:相手の話に調子を合わせて語る語り物とみられる
く:消える
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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飛鳥川淵瀬に変はる心とは みなかみしもの人も言ふめり
- 次の歌
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数ならぬ身のみもの憂く思ほえて 待たるるまでもなりにけるかな