飛鳥川淵瀬に変はる心とは
みなかみしもの人も言ふめり
- 歌の意味
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飛鳥川の淵が瀬に変わるように移ろいやすい心だとは、川上の人も川下の人も、身分の上の人も下の人も、皆が言っているようだ。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌四 1258
詞書「男の、人にもあまた問へ、我やあだなる心ある、と言へりければ」
飛鳥川の淵瀬のように変わる心だとは、上下の人が皆言っているようだ、と詠んだ歌である。自分に浮気心などあるかと開き直る男に、あなたの心変わりは誰もが知っていると切り返している。
詞書によれば、男が、ほかの人にもたくさん聞いてみよ、私に浮気な心があるか、と言ったので、伊勢が詠んだ歌である。
作者の伊勢は、伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の女御藤原温子に仕えた。宇多天皇の寵を受け、のちに敦慶親王との間に中務を生んだ。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「難波潟短き葦のふしの間も」の歌が採られている。
初句「飛鳥川」は、大和の国の飛鳥川で、淵と瀬がよく移り変わる川として、変わりやすいものを表す歌枕である。巻第十七の第千二百三十二首も同じ初句で始まり、身の浮き沈みを詠んでいる。
二句「淵瀬に変はる」は、淵が瀬に変わるように変わる、の意である。
三句「心とは」は、心だとは、の意で、男の心を指している。
四句「みなかみしもの」の「みなかみ」は、川の「水上」と「皆上」を掛けた掛詞で、川上と川下の意と、身分の上下の人が皆、の意を重ねている。「水上」「下」は「飛鳥川」の縁語である。
結句「人も言ふめり」は、人も言っているようだ、の意で、「めり」は推量を表す。詞書の「人にもあまた問へ」に応じている。
みなかみ:川の上流の「水上」の意と、「皆上」を掛ける
ふちせ:川の深い所と浅い所、移り変わるもののたとえ
- 作者
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伊勢
- 出典
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後撰和歌集
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人目だに見えぬ山路に立つ雲を 誰すみがまの煙と言ふらん
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今来むと言ひしばかりを命にて 待つに消ぬべしさくさめの刀自