うつろはむことだに惜しき秋萩を
折れぬばかりも置ける露かな
- 歌の意味
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色があせていくことさえ惜しい秋萩なのに、枝が折れてしまいそうなほどに置いている露であることよ。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 183
詞書「亭子院御屏風に」
花の色が移ろうことさえ惜しい秋萩に、枝が折れそうなほど露が重く置いているのを見て、萩を損ないかねない露を恨めしくも美しくも眺める歌である。萩を愛惜する心と、それを損なうほどの露の豊かさとの対比を描いている。詞書によれば、亭子院すなわち宇多上皇の屏風に添えた歌である。
作者の「伊勢」は、平安時代前期から中期の女流歌人で、藤原継蔭の娘である。宇多天皇の中宮温子に仕え、中務の母となった。三十六歌仙に数えられる。
初句「うつろはむ」は、色があせていくであろう、の意で、「む」は推量の助動詞である。
二句「ことだに惜しき」は、ことさえ惜しい、の意で、「だに」は軽いものを挙げて重いものを類推させる副助詞である。
三句「秋萩を」は、前歌の結句と同じ秋萩をいう。
四句「折れぬばかりも」は、折れてしまいそうなほどに、の意である。前歌で人が萩を折ろうとしたのに対し、本歌では露が萩を折らんばかりに置いており、萩を折る者が人から露へと移っている。
結句「置ける露かな」は、置いている露であることよ、の意で、「る」は存続の助動詞「り」の連体形、「かな」は詠嘆の終助詞である。
うつろふ:花の色があせる。盛りが過ぎる
- 作者
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伊勢
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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露けくて我が衣手は濡れぬとも 折りてを行かん秋萩の花
- 次の歌
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我が宿の菊の白露今日ごとに 幾世積もりて淵となるらん