春霞立てるを見れば荒玉の
年は山より越ゆるなりけり
- 歌の意味
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春霞が立っているのを見ると、新しい年は山を越えてやって来るものだったのだ。
- 鑑賞
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巻第一 春歌 2
詞書「承平四年中宮の賀し侍りける時の屏風の歌」
春霞が山に立ちこめるのを見て、新しい年は山を越えてやって来るものだったのだと気づいた感慨を詠む。目に見えない年の訪れを、山にかかる霞という形あるものでとらえた点に趣向がある。詞書によれば、承平四年に中宮藤原穏子の賀が行われた際の屏風に添えた歌であり、祝いの席にふさわしく新年の到来を晴れやかに詠んでいる。
作者の「紀文幹」は平安時代中期の歌人で、伝記の詳細は明らかでない。
初句「春霞」は、春の訪れを告げる霞で、本巻では第三首、第四十二首、第七十四首などにも詠まれ、春の景物の中心をなす。
二句「立てるを見れば」は、霞が立ちこめている様子を見るとの意で、「ば」は確定条件を表し、下の句の気づきを導く。
三句「荒玉の」は、「年」にかかる枕詞である。
四句「年は山より」は、新しい年が山の方からやって来ることをいう。前歌が山にかかる霞に立春を見たのを受け、霞を年の歩みの跡として見立てている。
結句「越ゆるなりけり」は、山を越えて来るのだったと気づいた感動を表し、「けり」は詠嘆の助動詞である。
あらたま:「年」「月」「春」などにかかる枕詞
- 作者
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紀文幹
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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春立つといふばかりにや三吉野の 山も霞みて今朝は見ゆらん
- 次の歌
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昨日こそ年は暮れしか春霞 春日の山にはや立ちにけり