昨日こそ年は暮れしか春霞
春日の山にはや立ちにけり
- 歌の意味
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つい昨日年が暮れたばかりなのに、春霞が春日の山にもう立ちこめていることだ。
- 鑑賞
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巻第一 春歌 3
詞書「霞を詠み侍りける」
昨日年が暮れたばかりなのに、今日はもう春日山に霞が立ったと、年の改まりのすばやさに驚く歌である。一夜にして景色が春に変わる新鮮な感動が、素直な言葉で表されている。詞書によれば、霞を題として詠んだ歌である。
作者の「山辺赤人」は奈良時代の万葉歌人山部赤人である。柿本人麻呂と並び称され、三十六歌仙の一人に数えられる。
万葉集巻十には作者未詳の歌として、ほぼ同じ内容の歌が見える。拾遺和歌集では赤人の作として収められている。
初句「昨日こそ」は、「こそ」が強調の係助詞で、二句の「しか」で結ぶ係り結びとなる。
二句「年は暮れしか」は、「しか」が過去の助動詞「き」の已然形で、昨日年が暮れたばかりなのに、という逆接の気持ちを含んで下に続く。
三句「春霞」は、前歌と同じく春霞を詠み、さらに四句の「春日」と音を響かせている。
四句「春日の山に」は、奈良の春日山をいう。都びとに親しい大和の山を据えて、身近な山に春の訪れを見ている。
結句「はや立ちにけり」は、「はや」が早くもの意で、「にけり」は完了と詠嘆を表し、春の訪れのすばやさへの驚きを示す。
かすがやま:奈良市の春日大社の背後に連なる山
- 作者
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山部赤人
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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春霞立てるを見れば荒玉の 年は山より越ゆるなりけり
- 次の歌
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吉野山峰の白雪いつ消えて 今朝は霞の立ちかはるらん