古典和歌stream

松の上に鳴く鶯の声をこそ
はつねの日とは言ふべかりけれ

歌の意味
松の上で鳴く鶯の声をこそ、初子の日、すなわち初音の日と言うべきであったのだ。
鑑賞
巻第一 春歌 22

詞書「大后の宮に宮内といふ人の童なりける時、醍醐の帝の御前に候ひけるほどに、御前なる五葉に鶯の鳴きければ、正月初子の日、仕うまつりける」
 正月の初子の日に、御前の五葉の松で鶯が鳴いたのを受けて、松の上で鳴く鶯の初音こそ初子の日と呼ぶべきだと即興で詠んだ歌である。子の日の松と鶯の初音を一首に取り合わせた機知が光る。詞書によれば、大后の宮藤原穏子に仕える宮内という人がまだ童女であった時、醍醐天皇の御前に控えていたところ、御前の五葉の松で鶯が鳴いたので、正月の初子の日に詠んで奉ったものである。
 作者の「宮内」は、醍醐天皇の中宮藤原穏子に仕えた女房で、伝記の詳細は明らかでない。

 初句「松の上に」は、御前の五葉の松の上を指し、子の日に引く小松を連想させる。
 二句「鳴く鶯の」は、松の枝で鳴く鶯を示し、本巻の鶯の歌の流れを受ける。
 三句「声をこそ」は、「こそ」が強調の係助詞で、結句の已然形「けれ」で結ぶ。
 四句「はつねの日とは」は、正月最初の子の日である「初子」と、鶯が初めて鳴く「初音」とを掛けた掛詞である。
 結句「言ふべかりけれ」は、そう言うべきであったのだ、という気づきを表し、「こそ」を受けて已然形で結ぶ。

はつね:正月最初の子の日である初子と、鶯などがその年初めて鳴く声である初音を掛ける
ごえふ:五葉松。葉が五本ずつ束になって生える松
作者
宮内
出典
拾遺和歌集
前の歌
春の野にあさる雉の妻恋ひに おのがありかを人に知れつつ
次の歌
子の日する野辺に小松のなかりせば 千代のためしに何をひかまし