ここにだに光さやけき秋の月
雲のうへこそ思ひやらるれ
- 歌の意味
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ここでさえ光が明るく澄んでいる秋の月なのだから、雲の上の宮中ではどれほどかと思いやられることだ。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 175
詞書「延喜御時、八月十五夜、蔵人所の男ども月の宴し侍りけるに」
自分たちのいるここでさえ秋の月の光がこれほど澄んでいるのだから、雲の上、すなわち宮中の月はどれほど美しいだろうと思いやる歌である。「雲のうへ」に空の上と宮中の意を重ね、月を称えつつ帝の御所をも称えている。詞書によれば、醍醐天皇の延喜の御代の八月十五夜に、蔵人所の官人たちが月の宴を催したときの歌である。
作者の「藤原経臣」は、延喜の頃の官人である。伝の詳細は明らかでない。
初句「ここにだに」は、ここでさえ、の意で、「だに」は軽いものを挙げて重いものを類推させる副助詞である。
二句「光さやけき」は、光が明るく澄んでいる、の意である。
三句「秋の月」は、八月十五夜の月をいい、本巻の第百七十二首、第百七十三首に続く「秋の月」の語である。
四句「雲のうへこそ」は、「雲のうへ」に空の上の意と宮中の意を掛けた掛詞である。「こそ」は係助詞で、結句の「るれ」で結ぶ係り結びとなる。
結句「思ひやらるれ」は、思いやられることだ、の意で、「るれ」は自発の助動詞「る」の已然形である。
くものうへ:空の上の意と、宮中の意を掛ける
くらうどどころ:天皇の側近に仕え、宮中の雑事を扱った役所。蔵人所
- 作者
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藤原経臣
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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飽かずのみおもほえむをばいかがせん かくこそは見め秋の夜の月
- 次の歌
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いづこにか今宵の月の見えざらん 飽かぬは人の心なりけり