いづこにか今宵の月の見えざらん
飽かぬは人の心なりけり
- 歌の意味
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どこで今夜の月が見えないということがあろうか、どこででも見えるのだ。それでも見飽きないのは、人の心の方であったのだ。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 176
詞書「同じ御時御屏風に」
今夜の名月はどこででも見えるものなのに、それでもなお飽きることなく見ていたいのは、月のせいではなく人の心の方であったと気づく歌である。月の美しさが誰にも等しく届くことと、それに尽きることなく引かれる人の心とを対比させている。詞書によれば、前歌と同じく醍醐天皇の延喜の御代の屏風に添えた歌である。
作者の「みつね」は凡河内躬恒である。古今和歌集の撰者の一人で、紀貫之と並び称された。三十六歌仙に数えられる。
初句「いづこにか」は、どこで、の意で、「か」は反語の係助詞であり、三句の「ざらん」で結ぶ係り結びとなる。
二句「今宵の月の」は、八月十五夜の今夜の月をいう。本巻の第百七十一首の「今宵ぞ秋の最中」を受け、仲秋の名月が詠み継がれる。次歌の第百七十七首にも「今宵の空」の語が見える。
三句「見えざらん」は、見えないことがあろうか、いや見える、の意で、反語を表す。ここで句切れとなる。
四句「飽かぬは人の」は、見飽きないのは人の、の意である。本巻の第百七十四首の「飽かずのみ」と呼応し、月を見飽きない心を詠む。
結句「心なりけり」は、心であったのだ、の意で、「けり」は気づきの詠嘆を表す。
こよひ:今夜。今宵
- 作者
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凡河内躬恒
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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ここにだに光さやけき秋の月 雲のうへこそ思ひやらるれ
- 次の歌
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夜もすがら見てを明かさむ秋の月 今宵の空に雲なからなん