昔見しいきの松原こと問はば
忘れぬ人もありと答へよ
- 歌の意味
-
昔私が見た生の松原が、もし私のことを尋ねたならば、忘れずにいる人もいると答えてくれ。
- 鑑賞
-
巻第六 別歌 337
詞書「筑紫へまかりける人のもとに言ひつかはしける」
かつて自分が見た筑紫の生の松原が自分のことを尋ねたなら、忘れずにいる者もいると答えてほしいと、筑紫へ下る人に託す歌である。松原を人のように扱い、かつて過ごした地への懐かしさと、旅立つ人への伝言とを重ねている。詞書によれば、筑紫へ下る人に言い送った歌である。
作者の「橘倚平」は、平安時代中期の官人で、伝の詳細は明らかでない。歌の内容から、かつて筑紫に下ったことがあると見られる。
初句「昔見し」は、昔私が見た、の意で、「し」は過去の助動詞「き」の連体形である。
二句「いきの松原」は、筑前国の歌枕の生の松原で、「生き」の意を響かせ、長く生き続ける松を思わせる。次歌の第三百三十八首は陸奥の武隈の松を詠み、西の筑紫と東の陸奥の松が対をなしている。
三句「こと問はば」は、もし尋ねたならば、の意で、未然形に「ば」がついて仮定を表す。
四句「忘れぬ人も」は、忘れずにいる人も、の意である。
結句「ありと答へよ」は、いると答えてくれ、の意で、「答へよ」は命令形である。旅立つ人に伝言を託している。
いき:筑前国の地名の生と、生きる意とを掛ける
いきのまつばら:筑前国の歌枕。生の松原
こととふ:尋ねる。問いかける
- 作者
-
橘倚平
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
命をぞいかならむとは思ひこし 生きて別るる世にこそありけれ
- 次の歌
-
武隈の松を見つつや慰めん 君が千年の影にならひて