憂き世には門させりとも見えなくに
などか我が身の出でがてにする
- 歌の意味
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このつらい世の中に門が閉ざされているとも見えないのに、どうして我が身はこの世から出て行きにくいのだろうか。
- 鑑賞
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巻第八 雑歌上 481
詞書「司取られて侍りける時、妹の女御のもとに遣はしける」
つらい世の中に門が閉ざされているとも見えないのに、どうして我が身はこの世から出て行きにくいのだろうかと詠む歌である。詞書から、官職を解かれた時に、妹の女御のもとへ送った歌とわかる。官を失った憂さから世を捨てたいと思いながら、なお俗世を離れられない心を、門のない家から出られないという形で嘆いている。前の二首の道真の配流の嘆きに続き、官途を絶たれた身の嘆きを詠んでいる。
作者の「平定文」は、平好風の子で、平中と呼ばれた平安時代中期の歌人である。色好みとして知られ、平中物語の主人公とされる。中古三十六歌仙に数えられる。
初句「憂き世には」は、このつらい世の中には、の意である。本巻の第五百四首、第五百五首にも「憂き世」が詠まれている。
二句「門させりとも」は、門が閉ざされているとも、の意で、「させ」は門を閉ざす意の「さす」である。
三句「見えなくに」は、見えないのに、の意で、「なくに」は打消に逆接の意を添えている。
四句「などか我が身の」は、どうして我が身が、の意で、「か」は疑問の係助詞である。
結句「出でがてにする」は、出て行きにくくしているのだろうか、の意で、係助詞「か」を受けて連体形の「する」で結んでいる。世を出る、すなわち出家の思いを込めている。
かどさす:門を閉ざす
いでがて:出にくいこと
つかさ:官職
- 作者
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平定文
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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流れ木も三年ありてはあひ見てん 世のうき事ぞ返らざりける
- 次の歌
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木にも生ひず羽も並べで何しかも 波路隔てて君を聞くらん