沖つ島雲居の岸を行き返り
文通はさむまはろしもがな
- 歌の意味
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沖の島の、雲のかなたの遠い岸を行き来して、手紙を通わせてくれる幻術士がいてほしいものだ。
- 鑑賞
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巻第八 雑歌上 487
詞書「対馬守小野あきみちが妻おきが下り侍りける時に、ともまさの朝臣の妻肥前が詠みて遣はしける」
沖の島の雲のかなたの遠い岸を行き来して、手紙を通わせてくれる幻術士がいてほしいと詠む歌である。詞書から、対馬守小野あきみちの妻が任国の対馬へ下る時に、ともまさの朝臣の妻である肥前が詠んで送った歌とわかる。遠い対馬へ去る友との別れを惜しみ、長恨歌で楊貴妃の魂を尋ねて海上の仙山へ赴いた幻術士のような使いを願って、文のやりとりを続けたいという思いを表している。本巻の第四百八十二首の長恨歌の屏風歌とも響き合っている。
作者の「肥前」は、詞書によれば「ともまさの朝臣」の妻であるが、伝の詳細は明らかでない。
なお本文の結句は「まはろしもかな」とあり、読み仮名の行の「まほろしもかな」と一致しない。ここでは本文の表記に従うが、「まはろし」は「まぼろし」の誤写とみられ、訳と解説は「まぼろし」の意で解する。
初句「沖つ島」は、沖にある島、の意で、ここでは対馬を指している。
二句「雲居の岸を」は、雲のかなたの遠い岸を、の意である。本巻の第四百三十七首、第四百七十首と同じく、遠く隔たった所を雲居という。
三句「行き返り」は、行き来して、の意である。
四句「文通はさむ」は、手紙を通わせてくれる、の意で、「む」は婉曲の助動詞である。
結句「まはろしもがな」は、幻術士がいてほしいものだ、の意で、「もがな」は願望の終助詞である。長恨歌で楊貴妃の魂を尋ねた幻術士を踏まえている。
まぼろし:幻術を使う人。長恨歌で楊貴妃の魂を尋ねた方士をいう
おきつしま:沖にある島
- 作者
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肥前
- 出典
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拾遺和歌集
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三輪の山しるしの杉はありながら 教へし人はなくて幾世ぞ
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空の海に雲の波立ち月の舟 里の林に漕ぎ隠る見ゆ