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三輪の山しるしの杉はありながら
教へし人はなくて幾世ぞ

歌の意味
三輪山には目印の杉は今もあるけれども、それを教えた人はいなくなって、もう幾代になるのだろうか。
鑑賞
巻第八 雑歌上 486

詞書「初瀬の道にて三輪の山を見侍りて」
 三輪山には目印の杉は今もあるのに、それを教えた人はいなくなって幾代たったのだろうかと詠む歌である。詞書から、初瀬へ向かう道中で三輪山を見て詠んだ歌とわかる。古今和歌集の「我が庵は三輪の山もと恋しくはとぶらひ来ませ杉立てる門」を踏まえ、目印の杉は変わらずにあるのに、それを教えた人は遠い昔に去ってしまったことを嘆いている。前歌の第四百八十四首に続いて初瀬への道筋を詠み、本巻の第四百九十一首の三輪の檜原にもつながっている。
 作者の「もとすけ」は清原元輔である。清原深養父の孫で、梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進と万葉集の訓読に携わった。清少納言の父で、三十六歌仙に数えられる。

 初句「三輪の山」は、大和国の三輪山、の意で、ここで句切れとなる。
 二句「しるしの杉は」は、目印の杉は、の意で、古今和歌集の歌で家の目印とされた杉を指している。
 三句「ありながら」は、今もあるのに、の意である。本巻の第四百七十九首の三句も同じ「ありながら」である。
 四句「教へし人は」は、それを教えた人は、の意で、杉を目印として教えた古歌の主をいう。「し」は過去の助動詞「き」の連体形である。
 結句「なくて幾世ぞ」は、いなくなってから幾代になるのだろうか、の意で、「ぞ」は強意を表している。変わらない杉と去った人との対比で結んでいる。

しるし:目印
いくよ:幾代。どれほどの年月
作者
清原元輔
出典
拾遺和歌集
前の歌
浅からぬ契り結べる心ばは 手向けの神ぞ知るべかりける
次の歌
沖つ島雲居の岸を行き返り 文通はさむまはろしもがな