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憂きながらさすがにものの悲しきは
今は限りと思ふなりけり

歌の意味
つらい仲でありながら、やはりなんとなく悲しいのは、今はもうこれが最後だと思うからであった。
鑑賞
巻第八 恋歌下 256

 つらい思いばかりの恋であったのに、いざ別れとなるとやはり悲しいのは、これが最後だと思うからだと詠む一首である。憂さと悲しさの入り交じる別れの心理を、自問自答の形でとらえている。

 初句「憂きながら」は、逆接の「ながら」で、つらい仲であるけれどもという意を表す。
 二句「さすがにものの」は、そうはいってもやはりという意で、予想に反する心の動きを示す。
 三句「悲しきは」は、係助詞「は」で悲しさを主題として取り立て、その理由を下の句で明かす。
 四句「今は限りと」は、もうこれで最後だという意で、別れの決定的な時を示す。
 結句「思ふなりけり」は、断定の「なり」と詠嘆の「けり」で、そう思うからであったと気づいて結ぶ。

かぎり:最後、終わり
作者
清原元輔
出典
詞花和歌集
前の歌
ありふるも苦しかりけりながらへぬ 人の心を命ともがな
次の歌
訪はぬ間をうらむらさきに咲く藤の 何とてまつにかかりそめけむ