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おほかたの秋に心は寄せしかど
花見る時はいづれともなし

歌の意味
ふだんは秋に心を寄せていたけれども、桜の花を見るときは、春と秋のどちらがまさっているとも言えない。
鑑賞
巻第九 雑歌下 510

詞書「元良の親王、承香殿の俊子に春秋いづれかまさると問ひ侍りければ、秋もをかしう侍りと言ひければ、おもしろき桜をこれはいかがと言ひて侍りければ」
 ふだんは秋に心を寄せていたが、桜の花を見るときは春と秋のどちらとも決められないと詠む歌である。詞書から、元良親王に春秋の優劣を問われて秋も趣があると答えた俊子が、見事な桜を示されて「これはどうか」と問い返され、それに答えた歌とわかる。秋びいきの立場を崩さずに、目の前の桜の美しさも認める、機知に富んだ応答である。前歌の第五百九首が季節ごとに心が移るので決めかねると詠んだのに対し、この歌は目の前の桜を見て決めかねると詠み、同じ決めかねる心を具体的な場面で示している。
 作者の「承香殿のとしこ」は承香殿俊子である。醍醐天皇の承香殿女御に仕えた女房で、藤原千兼の妻とされ、大和物語にもその名が見える。問いかけた元良親王は陽成天皇の第一皇子で、風流を好む人として知られた。
 なお本文の三句は「よせしかど」とあり、読み仮名の行の「よせしかぞ」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。

 初句「おほかたの」は、ふだんの、おおよその、の意で、二句の「秋」にかかる。
 二句「秋に心は」は、秋に心を、の意で、「は」は取り立てて示す係助詞である。詞書の「秋もをかしう侍り」という俊子の答えを受けている。
 三句「寄せしかど」は、寄せていたけれども、の意で、「しか」は過去の助動詞「き」の已然形、「ど」は逆接の接続助詞である。ここから下の句で、桜を前にした今の心へと転じている。
 四句「花見る時は」は、桜の花を見るときは、の意で、元良親王が示した桜を受けている。前歌の第五百九首の四句「時につけつつ」と、「時」の語を共有している。
 結句「いづれともなし」は、どちらがまさっているとも言えない、の意である。次の次の歌の第五百十二首の二句「いづれともなき」と、同じ言い回しを重ねている。

おほかた:大方。ふだん、一般
作者
承香殿俊子
出典
拾遺和歌集
前の歌
春秋に思ひ乱れて分きかねつ 時につけつつ移る心は
次の歌
春はただ花のひとへに咲くばかり 物のあはれは秋ぞまされる