- 歌の意味
-
春と秋のどちらがまさっているかと思い乱れて、見分けることができない。季節が移るたびに、その時々につけて移ってしまう心なので。
- 鑑賞
-
巻第九 雑歌下 509
詞書「ある所に春秋いづれかまさると問はせ給ひけるに、詠みて奉りける」
春と秋のどちらがまさっているかと問われ、季節ごとに心が移ってしまうので決めかねると答えた歌である。どちらか一方に決めるのではなく、春にも秋にも心ひかれる自らの心のありようを、そのまま差し出している。詞書の「問はせ給ひける」「奉りける」という敬語から、身分の高い方の問いに応じて詠み奉った歌とわかる。
本巻は雑の部の下巻である。巻頭のこの歌から、次歌の第五百十首、第五百十一首と春秋の優劣を詠む歌が続き、第五百十二首の鶯と時鳥の優劣、第五百十三首から第五百二十三首までの問答へと、問いと答えの歌が連なっていく。巻頭のこの歌が身分の高い方の問いに答える歌であるのに対し、巻末の第五百七十五首も円融院の言葉に答える歌であり、問いに応じる歌で巻の始めと終わりが呼応している。
春と秋の優劣を論じることは、万葉集の額田王の歌にも見える古くからの主題である。
作者の紀貫之は、古今和歌集の撰者の中心人物で、仮名序を執筆し、土佐日記を著した。三十六歌仙に数えられる。
初句「春秋に」は、春と秋とに、の意で、詞書の春秋の優劣を問う言葉を受けている。次歌の第五百十首、第五百十一首もそれぞれ秋と春、春と秋を並べて詠んでいる。
二句「思ひ乱れて」は、あれこれと思い迷って、の意である。
三句「分きかねつ」は、見分けかねた、の意で、「かね」は〜できない意を添え、「つ」は完了の助動詞である。ここで句切れとなる三句切れの歌で、下の句はその理由を倒置して述べている。
四句「時につけつつ」は、その時々に応じて、の意で、「つつ」は反復を表す。次歌の第五百十首の四句「花見る時は」と、「時」の語を共有している。
結句「移る心は」は、移り変わる心は、の意で、季節の移ろいとともに心も移るという理由を倒置して示し、「は」で言いさして余韻を残している。
わく:分く。区別する、見分ける
- 作者
-
紀貫之
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
いにしへの虎のたぐひに身を投げば さかとばかりは問はむとぞ思ふ
- 次の歌
-
おほかたの秋に心は寄せしかど 花見る時はいづれともなし